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輝き 最新号
メッセージ
エッセイ生季
   
これまでの輝き
生季
<田井清喜>
株式会社リーダーズドメイン 顧問
株式会社ノリタケカンパニーリミテド 非常勤顧問


「学び」  H17年9月4日

 窪田先生の教えの一つに「学び方を学ばせる」があるが、多くは「学び方を教える」と言う教え方であるような気がしている。
先生に出合うまでは、現役時代を通じてこの後者の考え方が最善の教育手段であり、知識を積め込み、マニュアル化したカリキュラムによる日本の教育方法には、問題意識を持ち続けてきた。学校教育について云々する資格も経験の持ち合わせも無いが、社会人としての在るべき人間像に付いては、多くの人材教育に当り、それなりの成果を挙げてきたと自負している。その経験の中から、学び方を教えることが、学んだことを具現化させる意識に結び付くものと考え、今日に至った経緯がある。
 しかし、これだけでは新しいものに取組む姿勢は養われても、残すべきものを風化させてしまう怖れの有ることに「学び方を学ばせる」から氣付いた思いである。学び方を学ぶ意識の涵養は、森羅万象について常に関心を抱き、疑問を持ち、考える力の持てる人間形成の原点に成るように思う。

 
 先日知人の誘いを受けて、福井県敦賀湾に釣りに出掛けるチャンスに恵まれた。昭和47年から51年まで転勤で勤務していた広島時代には、多くの釣り好き知人に囲まれ、瀬戸内海の釣りを楽しんだ経験がある。瀬戸内海の船釣りは、竿を使わず指先に感ずる微かな魚信を頼りに釣る方法が主流であったようで、針と糸、それに活きの良い海老を餌に、誠にシンプルな道具立てであった。
釣りのポイントに錨を投じて船の位置を固定し、船頭のOKの合図と共に釣りを開始するのであるが、この位置決めに、潮の流れの早い時には20分くらいの時間を掛ける事もあった。この間船頭は、「山をたてる」と言う四方八方に視線を送り、漁場を突き止める動作に神経を集中させるが、幾ら瀬戸内海と言え、海上の一点を見付ける超人的な行為には毎度感心させられたものであった。
 それ以来遠ざかっていた釣りが、今回およそ30年ぶりに敦賀湾で再開して、あらゆるものが変わったことに驚きの連続であった。まず漁船は最新式のレーダー、魚探、時速45Kmは出しているであろう強力なジーゼルエンジンを備え、短時間で漁場に到着、洒落たトレーニングウェアに身を包んだ若いキャプテン(如何に見ても船頭さんとは言い難い風体)のOKの合図で、言われた水深60Mまでデジタルゲージの付いた竿から糸を繰出し釣りが開始される。釣竿には、誠に合理的な仕掛けが施され、オキアミの餌を入れた籠は、魚影の濃い水深まで到着すると、少し強い引き上げで開き、水中でばら撒かれたオキアミに魚が寄って来たところで、疑似餌の付いた針に引っ掛けると言う誠に合理的且つ魚の心理を?突いた漁法に、レジャーとしての釣りの進歩を感じさせられた次第であった。
 その道具立て、合理的な漁法に戸惑いながら始めた釣りであったが、それでもただ待てば釣れると言う訳でもなく、微かな魚信に合わせる動作は必要であり、先輩格の知人との数の違いは歴然としたものの、予測だにしなかった釣果に大満足の1日であった。
 
 ここまで来るには多くの学びがあって、その学びから多くの創造力、道具の改良が生まれたものであろう事は容易に想像が付き、人間の学びの圧倒的な勝利を感じながら、海上に浮かぶ鳥の姿にふと疑問が湧き、知人にその訳を解説され驚いた。船の艫からおよそ20Mくらい離れた所に、度々漁場を変えても、常に付いて来る2羽の白色と茶色の特徴ある鴎らしい鳥は、我々がリリースしたり、釣り落とした魚を狙って待ち続けているとのことであった。釣り人なら常識であろうが、50Mの水深から釣り上げた魚は浮袋が急変する気圧の変化に対応できず、急には海中に戻れないまま暫く海面でもがきながら漂流する処を狙っている様にも見受けられた。それから注意して観察していると、潮の流れに乗って漂流する獲物を的確に捕らえ、再び待ちの態勢を繰りかえしているのがわかり、その並外れた視力の良さと共に、考える鳥に対する認識を改めざるを得ない気持ちになった。
 高度の言語文明を持たない彼等の世界において、如何にしてここまで学んだのか、驚きと共に「人間よ奢るなかれ」を痛感し、この度は鴎から学びを学ばせてもらった出来事であった。



メッセージ|エッセイ「生季」