思い込み |
永い間念願としていた鹿児島、知覧の特攻隊記念会館を訪れる機会に恵まれ、5月の始めに、何時もご一緒頂く友人夫妻共々2泊3日のツアーに出掛けた。宮崎空港から九州入りをして宮崎に1泊、レンタカーを使って指宿に1泊し、帰路は鹿児島空港でレンタカーを返却、名古屋に帰るスケジュールで宮崎空港に降り立った。
宮崎空港ロビーから外に出て、迎えのレンタカーを待つ間、何度か乗り降りした鹿児島空港と「大変良く似た景観!」が第一印象であった。
レンタカー オフィスに付く僅かの間、正確に道を覚えておかなければならないという想いに駆られ、突き当りを右に曲がって次ぎの信号を又右に・…などと記憶に留めながらオフイスに到着し手続きを済ませた。
この時「思い込み」の種をしっかり植え付けた事も知らず九州の旅が始った。
知覧の特攻隊記念会館を訪れ、改めて平和の有り難さを痛感し、子々孫々に至るまで平和の維持に努める義務を感じたひと時であった。展示された遺書は涙無くしては読めない物ばかりであったが、書面からは母親に対する感謝、思い遣りを綴ったものが大半で、父親と読める物は殆ど見当たらず、若干の複雑な氣持ちと共に、ものの哀れの想いに駆りたてられた。それでも、当時、現地の女学生が、死地に向かう隊員から密かに私書を預かり、女性の名前で親元に郵送された非公開の手紙が存在した話を聴き、少しだけ氣の休まる思いを残して知覧を後にした事がせめてもの慰めであった。
程よい時間になって、空港近くに在るレンタカーオフイスへ返車の為赴くも、記憶に留めた道順の先にオフイスは無く(当り前であるが…・)ここが鹿児島空港である事に電話を掛けて確認するまで氣付かず、「大丈夫?」と同行者一同にからかわれ、「又やってしまったか!」。
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我が思い込みの歴史は古く、中学生の頃、間違い電話が立て続けに掛かり、3回目のベルに「こちらは西陣警察署です」と答える間もなく「なんじゃ?・・」親父の声を間違える訳も無く、慌てて母親と交代したお粗末から始った。
廣島在勤の頃の出来事であるが、東京出張からの帰途、羽田空港で廣島便が濃霧の為欠航を知らされ、大阪から新幹線に乗り換え、廣島へ帰ることを決意し機上の人となった。伊丹発バスの車窓左側から、夜の雨に煙る新大阪駅が見え始め、「廣島は右方向」が頭にインプット。空席の目立つひかりの指定席に座り、程なく発車した車内放送から聞こえるのは、京都や名古屋の案内で「この車掌は一寸変だよ」と思いながらふと外を見ると、夜の山崎を一際引き立てる様に建つサントリーの蒸留所ではないか!ここまで来ると我が身に起こっている事態が呑み込め、慌てて京都でUターンするもひかり最終便の帰宅となってしまった。
このバスが、新幹線のガードを潜り抜け、左へターンしながら大阪駅に横付けになっている事を確認しなかったのが原因であるが、頭の中は右方向に道を採る事が条件設定されていた為とはいえ、通常乗客が行う事実確認すらしない処が、思い込みと言えるのだろうか。
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乗り物に関しては是だけではなく、毎日通勤で乗っているバスで、何時もと違うコースを走っている事に氣付き、「この運転手は道を間違えているわ!」と思い込み、文句言ってやろうとふと行く先を見て自分の間違いに氣付き、後は夜道をとぼとぼ歩いて帰宅。定期券を見せて乗っているので、運転手が間違いに氣が付く筈との思い込みが間違いの元であった。
姉には、兼ねてより「思い込みの激しい弟」と言われ続けて来たが、もともと「決断を求められ、それに応えられないのはリーダーたる資格無し」、「決断には、瞬時の思い込みが必要である」との考えが、何時の間にか「勘違いの思い込み」に変形してしまった様である。
齢を重ねるに従い、「頑固爺さん」と言われ無い様氣を付けながら、せめて「人畜無害の思い込み」程度の失敗を重ねながら、是からの我が人生「思い込み」と仲良く付き合って行きたいものである。
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