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対談
【今回の鼎談の日時】
2004年4月15日
【鼎談の相手】
井村正勝氏:
  井村屋製菓株式会社 取締役相談役
  田井清喜氏:
  株式会社ノリタケカンパニーリミテド 非常勤顧問
【聴き手】
窪田貞三
窪田
いつもお二人とはお話していることですが、理念についてどのように思われているか改めてお聞かせいただきたいと思います。
井村 自立した自分があるということが前提です。英語で言うとシチズンシップ、日本語で表すと独立した市民であることですかね。その前提の元で、社会に対してどういう役割を果たすかということをしっかり持つということが理念ではないかと思います。会社を経営している場合は自分はこういう思いがあるということを会社という形を通して広めるわけです。
窪田 カンパニーという語源はコンパと同じなんだそうです。人が集まった時に会社である。一人ひとりに哲学があって、その上で集まった仲間というのが会社というのがヨーロッパでの会社の概念だそうです。今言われたことと近いと思います。
田井

理念という言葉に最初に出会ったのは、昔勤めていたノリタケカンパニーに経営理念「良品流出、共栄」があったので、それに接して始めて認識したんです。現在は窪田先生との出会いがあって、理念を真ん中に置いて意識したら、会社においての理念とは先生のおっしゃっている理念とは違うのではないかと思うようになりました。
とは言え、理念は現場にあるという窪田先生の言葉を聞いて、何をもって存在するかということが理念ではないかなと最近思います。私は井村さんがおっしゃったように、市民という広いレベルではなく、会社と自分の家庭の2つに理念を持って動けばいいと思っていたが、了見が狭かったかなと感じています。
この歳になって、自分のできることを社会に還元すべき時かなと、そういう役回りではないかと最近考えるようになりました。ですので理念ということを人間の生き様の根幹となるという先生のお考えを広める手伝いができたらなと思っています。

窪田 企業の経営も家庭の経営も、それぞれ理念で行ったらいいのですかという質問を受けたことがあるが、分けて考える必要はないと思います。どこからが企業経営でどこからが家庭でと分けられないですよね。根底のどこかで繋がっているのだから、個人に一つ理念があればよいと私は思っています。結局個人の問題なんですよ。
井村 理念とは難しいですね。戦前はわかりませんが、戦後はそういうことを教えていないんですよね。学校に道徳という授業がありますが、少し違いますよね。理念は自分はどうあるべきかという哲学のようなもののような氣がしますね。道徳は他動的というか、ルールというか、そういうものになっている感じがして少し違うかなと思っています。
窪田

哲学の理論を教えている先生が哲学を持っているかどうかが問題です。教える先生が理解していないと意味がないですからね。

田井 理念は個人個人が持つべきものであって、道徳は複数存在する時に必要なものですね。自分と他人がいる時に出すものだと思います。理念は一人でいる場所でも曲げないものかな。先日住職さんが賽銭をどろぼうするという事件がありましたね。理念がどこかいっちゃったなあと感じました。
窪田

道徳というのは、枠にはめるような感じがします。何が正しいかを教えるというか。いい子になりなさいとか教えすぎているような。
話が変わりますが、心理学者が話しているのを聞いたのですが人間は意味を探す能力があるそうです。意味を探していくと理念にたどり着くような氣がします。

田井 そうですね。これは何のためにあるんだと考えていくと人間の生きていく上において、社会性にたどり着くことになると思いますね。理念とは崇高なものばかりではなく、本人が理念と考えていることが他人から見ればつまらないことであったりすることもあるから、その意味を追求したくなりますね。
窪田 元々子供は哲学に近いと思うんです。何で何でと聞きますよね。子供心を持って生きていくことが重要だと思います。
井村 そんなに子供を買いかぶっちゃいけません。赤子の氣持ちに戻るということなら良い哲学かもしれませんが。好奇心は大人になってもにぶらないんじゃないですか。
窪田 皆さんは違いますが、世の中には意味を考えない、何でと考えない人が多いですね。物事に愛情がないのではないかと思えるんです。物の存在価値を考えないということは愛情がないということではないでしょうか。
井村

例えば我が社にはあずきバーという商品がありますが、あずきバーがあって当たり前ではないんです。その存在価値を問うのということは、自分自身の存在価値を問うことに繋がります。最初からあずきバーはあるものだというところから出発してしまうと、それをどうしたいのか、誰に食べでもらいたいのかという考えが出てこないかもしれませんね。食べる物は、一生生きている中で何食食べれるかです。食べ物は自分で選んでいます。選んだということは何らかの意味がある、あってほしいですね。ブリア・サバランが「あなたが何を食べているか言って下さい、あなたが何者か言ってあげましょう。」というようなことを美味礼賛の中で言っていますが、食べ物は理念を凝縮しているといえるかもしれません。

窪田 あずきバーの価値を変にわかったような氣でいるよりも、確かめた方がいいでしょうね。理念はわかりにくいものなのです。わかったような氣でいるというのは勘違いですよね。
田井 好奇心が薄いんですよね。学習しようと意識が薄い。どんどん知識を詰め込む教育を受けてしまって中途半端のうちにすごしてしまうことが原因かもしれません。そんなことはわかりきっていると思ってしまうのでしょうか。本来人間は一生学ぶ存在だと思うので、どんなことにも学ぶことはあるはずです。好奇心がなければ感性がわくわけがない。感性が無ければ、理念には行きつかない。どうやって感性を磨くかと言えば、それは子供時代の教育だと思います。子供時代にそんなこと質問するなと押さえつけるからそういう人間になってしまうのではないでしょうか。ですから子供のころから哲学を教えるというのは必要でしょうね。
 

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